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王太子に転生しましたが、なぜか悪役令嬢に土下座する羽目になりました
王太子に転生しましたが、なぜか悪役令嬢に土下座する羽目になりました
Author: 奈香乃屋載叶

第1話 悪役令嬢は土下座を知らない

last update Last Updated: 2026-01-24 19:00:00

 俺は、人生で初めて土下座をした。

 そして、その謝罪は完全に失敗した。

(完璧だったはずだ。段取りも、時間も、言葉も)

 俺はそう思っていたのだが、現実は上手くいかなかった。

「いや、違うな。完璧だった”つもり”なだけだ」

 だからこそ、だろう。

 とある”成功例”を、俺は知っていた。

 だがそれは、物語の中の話だった。

 それをあの日、痛感することになった。

 馬車がとある屋敷の前で停まった。

 俺はゆっくりと馬車から降りて、玄関へと向かっていく。

 従者はいない。

 ペトリコールの匂いが鼻に入ってくる。

 雨が降らなければいいが。

 扉の前に着いたら、扉を叩いて開くのを待った。

「どちら様でしょうか」

 この家の使用人が出てきた。

 ただ俺の顔を見ても、見当がついていないようだった。

 まあ、当然だろうな。

「レオポルドだ」

「え?」

 突然言ったからか、気づいていないようだった。

「シュナイエ王国、王太子だ」

「お、王太子殿下……大変失礼いたしました」

 俺がそう言ったら、謝罪の後に一瞬だけ静寂が訪れる。

 謝罪の後、使用人は驚きながら俺を見ていた。

「ほ、本日は、その……?」

 静寂が破れたのは使用人の緊張しながらの問いかけだった。

「ユリアナ嬢に会わせてほしい」

 彼女は公爵令嬢で、この屋敷に住んでいる。

 俺の目的は彼女だった。

「分かりました、中へ」

 俺は使用人に案内されて、客間へ。

「王太子がお越しになられたって!?」

「紅茶をすぐに用意しなさい!」

 侍女がバタバタと慌てている。

 すぐにカップに淹れられた紅茶が出される。

 湯気が立っていて、香りが鼻に入ってくる。

 だが飲んでいる余裕はない。

 椅子に座りながらユリアナ嬢がやってくるのを待っていた。

(ここで失敗するわけにはいかない)

 時計の針が動く音だけが耳に入ってくる。

 後は俺の深呼吸の音だけ。

(完璧にしないとな)

 タイミングを間違えたら失敗する。

(俺は”正しいこと”をしに来た)

「お待たせしましたわ」

 しばらくして、やってきたのは、ユリアナ・フォン・ルイッツホーフ。

 前に見たときと変わらない姿をしている。

 ドレスを着ていて麗しい。

「ユリアナ嬢」

「殿下、本日はどういった……」

 俺は彼女の言葉を言い終わらないうちに、床に両手と膝をつけて、頭も床につくくらい身体を折る。

 礼服がしわになるが問題ない。

 彼女の顔が見えなくなるが仕方が無い。

「どうも、すみませんでした!」

 俺はユリアナ嬢に謝罪を行った。

 額を床につけながら。

「え?」

「……今、何を?」

 表情は見えないものの、使用人は驚いているようだった。

 ユリアナ嬢も一歩遅れて驚いていた。

(早すぎたか?)

 こういうのは先手必勝だと思ったが。

「……殿下?」

「突然、どうしたんですの?」

 俺の様子を見ているのだろうか、ユリアナ嬢も使用人も疑問を口にしていた。

「何故そんな事を?」

 やがてユリアナ嬢は口を開いた。

 困惑が混じったような感じで。

「貴方の礼服も床も汚れますわ」

「…………」

 俺はこの状態のままでいた。

 誠意を伝えるために。

「それにここは、王宮ではありませんわ」

 分かっている。

 だからこそだ。

「その姿勢は、どういう意味ですか?」

 俺が行っている姿勢に疑問を持っているようだ。

 だがさっきの言葉を含めて、ユリアナ嬢は察した。

「謝罪、ですか?」

「……そうだ」

 合っている。

 だから俺は肯定の返事をする。

「理由を、お聞きしても?」

 ユリアナ嬢は落ち着きながらも訊いてきた。

 訊きたいのは当然だろう。

(言えない。言葉にした瞬間、全部崩れる)

 だが俺は言えなかった。

 言葉を探したけれども、見つからなくて失敗する。

「……俺の未熟さだ」

 そして出てきたのは、抽象的な言葉だった。

 だがこれ以上、言葉が出てこない。

 しばらく静寂の時間が流れる。

 長時間のように俺は感じられた。

「殿下、顔をお上げください」

 俺は彼女にそう言われて、ユリアナの表情を見る。

「わたくしは、殿下が何をされたのかを知りません」

 無表情よりだったものの、悲しそうな目をしていた。

 それでも失望はしてない。

「…………」

「理由の分からない謝罪は、受け取れません」

 感情を持たずに淡々と俺に伝えた。

 謝罪は意味を成さなかった。

「殿下のは”謝罪”ではなく、ただの自己満足です」

 ユリアナ嬢はそう俺に伝える。

「帰りなさい」

 ため息を吐きながら、ただユリアナ嬢はそう言った。

「…………」

 俺は何も言えない。

 謝罪だからこそ、何も言えなかったからだ。

「もう一度謝罪に来るのであれば、はっきりとわたくしに理由をお伝えください」

 ユリアナ嬢はそう言って、俺の前から離れていく。

 俺は立ち上がり、彼女の様子を見ていた。

 でも、そのまま追いかけることもなく、立ち尽くしていただけ。

 ユリアナ嬢は少し立ち止まるといったためらいはありながらも、振り返ることはなかった。

「紅茶、少々冷めてしまいましたが、飲まれますか?」

 使用人はカップを見たまま答える。

「いや、いい」

 俺は紅茶を飲むこと無く、屋敷を立ち去ることにした。

 外では雨が降り始めている。

 謝罪は失敗した。

(完璧だったはずなのに。段取りは)

 どうして俺がこんな事をしてもなお、理由を言えなかったのか。

 何故、あの謝罪は失敗したのか。

 少し前に起きた出来事からだった。

 それでも俺は、すぐには理由を言えなかった。

 言葉にするには、もう一度ーー現実に向き合わなければならない。

 ーー今にしてみれば、逃げるための土下座だった。

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